Aim for height 人生も絵も、 高みをめざして!

たぶん人に言えない人生。胸に秘めることなくさらけだしていこう。僕の困ったことはきっと誰かの役に立つ。人生のピンチのくぐり抜け方。教えます。そんな僕が大好きな絵を描きながら、自分も人も幸せに。誰よりも自分で納得できるように日々精進。自由に描き、人にも幸せを運ぶよ。このブログにのせてある画像はすべて許可なく使用することを禁じます。

意志で病気を治す。そして…お金がなくとも弁護士さんに相談はできる。

 

 

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自分の体は自分の意志で治す。

当たり前のようで、当たり前でない事。

 

よくよく考えたら、気持ちや強い想いは体に作用する。

つらいと感じたら胃に穴が開くように、悲しいときに

涙が流れるように、体と心は一体だ。

 

僕の彼女(現在の奥様)は、その概念を地でいくひとだ。

 

彼女は、中心性漿液性脈絡網膜症を、自力で改善しています。

眼の病気で、ストレスが主な原因で毛細血管が破れて

出血し水ぶくれが起きて、目でみえる視界に歪みが生じる病気。

 

眼科で処方された薬で症状が悪化し、視界がほぼなくなった時に 主治医からは、失明の可能性がある現実を受け入れるように言われたそうです。

 

しかし彼女は逆に発奮して、目によいとされる事はもちろんやりながら、毎日自分に必ず治る。必ず治せ。

見えるようになる。と自己暗示のようにして自分に

言い聞かせたようです。

 

その結果定期健診の時に、網膜の血液が目に吸収されたのか視界を遮っていた影もほぼなくなり 奇跡の視力改善

ができたのです。

 

人間は意志がすべて、気持ちひとつでどこまでも変わっていける。そんなありふれたフレーズが僕の中で

真に迫りました。

 

僕はその当時生活保護になってからは、家から出ることは

つらく悲しい状態でした。

右足は麻痺して足の置く位置で激痛を伴うし、自分で

リハビリをしようと散歩にでると、びっこを引くようになりかなり変な歩き方でしか歩けなかったのです。

 

それでも彼女に発破をかけられていたので、悔しくて

毎日少しずつ。

初めは近くのコンビニまで。とにかく歩く。

痛くてもカッコ悪くても、毎日やりました。

 

大丈夫。僕は治る。歩けるようになる。きっと大丈夫。

言い聞かせました。

その効果があってか

 歩き始めて三ヶ月目ぐらいには足の痺れは改善されて

痛みはかなり和らいで歩けるようになりました。

 

家の近所では、昼間から変な歩き方で必死であるいて

ホントに不審者な感じだったと思います(笑)

が、そこはほんとに必死だったから。今は笑えますよ。

 

ブロック注射を断り、一部の薬を飲まず ヘルニアを改善する

体操と足をとにかく動かす散歩で半年後には、自転車に

乗れるようになりました。

 

この頃には、もう社会復帰を目指して一日三時間は

自転車で走っていました。

 

この頃弁護士さんに、手続きしてもらっていた自己破産の

審議も終わり(法テラスという弁護士さん達の組織で、国によって設立されています。お金がなくとも親身になって僕は助けてもらいました。本当に感謝しております。)

最終の面談の日が決まりました。

 

この最終面談の時になにも問題がなければ僕は

無事?自己破産ができ、40万の借金の返済義務はなくなります。

足をヘルニアで患ったのが一月でしたから、この自己破産

確定の最終面談が決まったのは七月でした。

 

足も動けるようになってきた。

気持ちも明るくまえむきになってきた。

あとは、社会復帰にまい進するぞ!!

そんな初夏でした。

 

今回はこの辺で…

今現在借金で悩まれている方も、法テラスは僕自身

お世話になって助けていただきました。

 

手持ちのお金がなくても、しっかり相談でき解決できます。

少なからず借金の支払いをまずは一時的にも止めて

先行きを検討できます。

 

困ったら誰でもいい相談です。

必ず道は開けます。あきらめないで 自分に責めすぎないで。

生きてりゃいろんなことあるさ。

大丈夫。

 

このブログが微力でも 誰かの役に立つことを

祈って僕は 書き続けます。

 

よんでくれてありがとう。

 

 サヨナラ リリカ。

 

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 神経が痛みで侵されているということで、

 リリカ という薬を処方された。

 

痛みを緩和してくれる薬だそうです。

 

名前はかわいくて、オシャレな女子みたいだけれど、副作用があるそうでまったく可愛くないよ。

 

調べてみると、ひとによっては、鬱の症状もでるらしい。直接神経に作用することから最終的には鎮痛効果もなくなるそうである。

 

もう怖くて 痛いけど そんなん 飲めません。

 

 僕はそのとき、もちろんケガをする前からお付き合いをしている彼女がいました。

(現在の奥さんです。)

 

薬を飲むことに猛反対をしていて、そんな薬を

飲んでたら精神的におかしくなる。

薬に頼らないで体を動かせ、痛みがあろうとトレーニングをして

自己治癒力を信じて、自分で治すべきだと。

       ( ゚Д゚) …。

 

彼女曰く、武井壮方式しかない。と ?  

   何?     それ?

 

 

タレントの武井壮は半身不随を、自分の意志と自己治癒力で治したと。どういう事かというと、

自分の脊椎の痛んでいる場所をイメージしながら

自分の体に治せと毎日言い聞かせて治したようです。

  

……。 まじかよ。僕にできるんかいな?

 

(;´Д`) そんなん いきなり言われても むりぽ…

 

なんか かなり、うじうじしてる僕に 彼女はイライラ

しているのか。

しっかりせい!と 活! と入れられました。

  

自分の体を自分で治す気にならないのに、ケガが

治るわけない。薬を飲むことは即刻やめなさい。と

 

はい…。 飲みません。(+_+)

 

一粒も飲まないうちに、引き出しに入れました。

 リリカとはサヨナラです。

 

この日から僕の地獄の特訓?がはじまります。

 

…。

この決断は今までの僕の常識からは

外れていましたが 結果良かったとおもいます。

薬に頼ることがすべていいとは限らない。

はじめて知りました。

 

…では、今日はここまでにします。

 

僕の経験からいうと、絶望しても恥をかいても、人や社会の世話になっても、まだ生きる事はできます。

 

もし、今 食べるものもなく、住む家もないあなたが

途方にくれているのなら、迷わず あきらめず 自分の

命を大切にしてください。

 

困っているのなら、恥をかいてもまずは役所にでも

相談しましょう。必ずひかりは見えます。絶対です。

 

40代の僕ですらやり直しはちゃんと出来ています。

大丈夫。安心してください。

 

この僕のつたない経験が誰かの役に立つことを祈って

書き続けます。

 

 生活保護のくらしとヘルニアの治療

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運がいいのか、悪いのか 

僕は生活保護をうけられるようになった。

まずは体を治して社会復帰をめざす事。これがケースワーカーからの最初の指導でした。

僕は車がないと生活できない地域に住んでいた為、

(軽自動車を所持)したままの受給となりました。

ただし車に乗ってはいけない。

たぶん半年以上この生活が続く場合か もしくは車の車検などの期限が来た場合は、手放さなければいけなかったのだと思うけれど、僕の生活保護の期間は6ヶ月でした。

その間は車に乗ることは一度もありませんでした。

 

さて、相変わらずヘルニアからくる右足の麻痺で夜も寝れない状態に、麻酔科の先生はいいました。

 

脊髄の痛んでいる箇所にブロック注射を打てば、今より

痛みが改善される場合がある。と

しかし、注射の場合リスクがあり、最悪の場合は下半身が

麻痺することもあると。

誓約書にサインしてブロック注射を受けなさい。

 

そんな…(´;ω;`)ウッ… 怖すぎる事簡単に決められない。

注射するときも半端なく痛いらしい。

いきなりそんな、人生左右するかもわからない事

決められないよう。

先生は一週間で決めて下さいと言ったけど、最悪を

まず考えるネガティブな僕は、とにかく落ち込みました。

 

思い出してもなかなかきついですが…

今日はここまでにします。

明日も仕事がありますから…。

 

 

ただ一つ言えることは

    僕の経験からいうと、絶望しても恥をかいても、人や社会の世話になっても、まだ生きる事はできます。

 

もし、今 食べるものもなく、住む家もないあなたが

途方にくれているのなら、迷わず あきらめず 自分の

命を大切にしてください。

 

困っているのなら、恥をかいてもまずは役所にでも

相談しましょう。必ずひかりは見えます。絶対です。

 

40代の僕ですらやり直しはちゃんと出来ています。

大丈夫。安心してください。

 

この僕のつたない経験が誰かの役に立つことを祈って

書き続けます。

 

自己破産と生活保護

派遣の初日に右足のまひで動けなくなり、色んな人の

力を借りて病院へ お金もない中で、診断を受けました。

で、診断の結果は…

椎間板ヘルニアが原因の「神経障害疼痛」

想えば長年の鉄工所の仕事で、無理やりな中腰からの

引っ張り仕事などがたたっての疲労があったんだ。

なんてついてないのか  (´;ω;`)ウゥゥ

 

実際右足は外傷はないのに、足の置く位置で信じられない

激痛が走ります。

もうその日からしばらく病院では車椅子でした。

 

それからは福祉の担当の人の計らいで、僕は所持金や

家の家賃のこと、預貯金口座などすべてを提出しました。

そうです。僕は生活保護を勧められました。

 

 

僕はこの日からまず 

生活保護者になるために色々聞かれ、また現在の借金。

カードでの支払いが残っていた為に、(額は40万ほどでした。)

 

自己破産をしなければいけなくなりました。

それでもこれしか生きる道はない。

切羽詰まった僕にはもしかしたら正常な判断はできていなかったと思います。

 

正しくは、自己破産の手続きをして、借金を払わなくていい状態にすること。

自己破産自体の決定は早くとも半年はかかる見込みです。

【 実際父親からは後々、なんで相談しなかったのかと

叱られました。

信用が40万でなくなるのはあまりに馬鹿馬鹿しいと。

 

でも、その時の自分にはそれしかなかった。

馬鹿だとは今はすごく痛感しています。】

 

 生活保護を受けるためには、借金があってはいけないのです。もちろん貯金もあってはならないのです。

 

   この時、たぶん読んでいる人は家族がいて親兄弟が

ちゃんと生活ができる人なら、生活保護の対象にはならないのでは?疑問があると思います。

 

結論から言うと生活保護は受けられます。

僕がそうでしたから。

 

僕は天涯孤独ではなく、この時僕自身、離婚して一年ぐらいでした。 母は、10年以上前に亡くなっていましたが、父は再婚していて、割と裕福なひとです。

 

ただ僕は父の暮らしに迷惑をかけたくない事や、その奥さんに負担をしいるのは到底おかしいことだと思い。

 

生活保護を選びました。

 

 

生活保護の手続きに平行してまずは、一週間~10日前後 生きられる額を貸してもらいました。(僕が頼んだわけではなく、そういう制度があるそうです。)一万円くらいだったと思います。

このお金は借金には該当しないのだそうです。

たぶんかなり福祉の人や役所の人は、丁寧にやさしく接してくれたと思います。

でも僕は自分の体の状況に、ショックを受けすぎていて

ありがたいのに、感謝の言葉もろくに言えずに塞いでいました。

支給されたのは、現金と5合くらいの米、インスタントの味噌汁などです。

本当に助かりました。

 

次の日に病院でMRIを受けて体の状態を調べました。

先生の言っていた通り、おしりの尾骶骨が完全につぶれていて、尾骶骨から幾つか上の骨から神経が飛び出ていたようです。

今まで普通だったのが不思議な状態だったそうです。

その飛び出した神経が右足に激痛をもたらしていたようです。

もう家にいても足が痛いわ 悲しいわ 寂しいわで

気がへんになりそうでした。

なんで自分だけとか、とにかく色んな事に怨み言を

かんがえていました。

 

審査の期間は一週間ほどでした。市役所の担当者が決まり

僕は最後のセーフティネットである 生活保護をうけられるようになりました。

 

僕の経験からいうと、絶望しても恥をかいても、人や社会の世話になっても、まだ生きる事はできます。

 

もし、今 食べるものもなく、住む家もないあなたが

途方にくれているのなら、迷わず あきらめず 自分の

命を大切にしてください。

 

困っているのなら、恥をかいてもまずは役所にでも

相談しましょう。必ずひかりは見えます。絶対です。

 

40代の僕ですらやり直しはちゃんと出来ています。

大丈夫。安心してください。

 

この僕のつたない経験が誰かの役に立つことを祈って

書き続けます。

 

お金も無く、絶望感でいっぱい。

前回やっと派遣の仕事の初日に足が動かなくなり、

お金のない中で、福祉の人に相談すると なんと!

タダで病院に行けることになりました。

正しくは福祉制度を利用すると言う事でした。

 

幸い左足は正常なので、なんとか 福祉会館につく。

駐車場で待っていると、僕の担当になってくれた人がやってきました。

僕よりも一回り以上も若い女の人でした。

 

僕はもう、痛いわ 情けないわ 恥ずかしいわ

痛いわ 不安だわ 痛いわ でボロボロでした。

その彼女の肩を借りて、福祉会館の一室へ 

事情を話すとすぐに病院を手配してくれて、僕の付き添いで病院へいってくれました。

 

僕は今まで役所の人は、ただ冷たくて

肝心な事はみて見ぬふりだと思っていました。

 

が、実際の僕が出会った方は親切で

丁寧に説明をしてくれて 励まし

力になってくれました。

 

本当に感謝しています。

 

おっと…今日はここまでにします。

明日も仕事がありますから。

 

ただ恥をかいても生きていれば必ず

やり直せます。

 

僕の経験からいうと、絶望しても恥をかいても、人や社会の世話になっても、まだ生きる事はできます。

 

もし、今 食べるものもなく、

 住む家もないあなたが途方にくれているのなら、迷わず あきらめず 自分の命を大切にしてください。

 

困っているのなら、恥をかいてもまずは役所にでも

相談しましょう。必ずひかりは見えます。絶対です。

 

40代の僕ですらやり直しはちゃんと出来ています。

大丈夫。安心してください。

 

この僕のつたない経験が誰かの役に立つことを祈って

書き続けます。

 

突然足が動かなくなる。

これは、僕の人生のピンチとなんとかくぐり抜けられた。

実際の経験の話です。

 

僕は数年前に人生の転機をむかえ、思い切って仕事を

やめて転職しようとしたときの事です。

 

10数年工場勤務で、鉄鋼の仕事についていた僕は

離婚を機に長年の仕事のことにも、嫌気がさしていて

生活のサイクルの変更を模索していました。

 

しかしそこは、どんなイケメンでも苦労する40代からの

転職、すこし考えたら…無理やん。今の慣れた仕事投げて

どうするん?ばかやん。

 

とマア普通ですよ。その時は8時半から残業ありで19時まで、鉄を加工する機械のオペレーターでした。

 

毎日機械とのにらめっこ。休みは隔週の土曜休みです。

残業がなけりゃ 手取り額は、14万ですよ。

 

ある人との出会いが、重い気持ちと無理難題を突破して

まずは、退職に踏ん切りをつけられました。

【ある人との出会いは、また後ほど詳しく書きます。】

 

僕の会社はよくある田舎の弱小企業で、ブラック中のブラックでした。

有給なんて取れませんよ。しかし

退職を願いでたときに、なんと二か月ほどの有給があり

消化をさせてもらえました。

 

有給休暇の初日から職安に行って、職探しをはじめました。もちろん退職金も少し入ったのでぼちぼちと。

 

僕は人生のやり直しにあたって、自分の時間を絶対条件に

しようと考えました。会社に振り回されるのではなく。

まずは、自分の条件で仕事を選ぼうと決めました。

 

しかし、そうあまくはなく。面接をとるだけで一苦労

20社以上うけて、最終面接までいったのは、3社

採用の返事をくれたのは、2社でした。

 結局その2社ともに、わけあってやめてしまうのですが

それもまたの機会に書きます。

 

そして、僕はとりあえず派遣の道にいきます。

もうとりあえず、なんかしないと生活が困窮するためです。

その派遣の出勤日 初日です。事件は起こりました。

家を建てる会社の部品製造の工場で、朝の体操を終えた

その直後!!! いきなり右足に激痛が走ります。

それまで何処にもぶつけてさえないのに、痺れをともなって 歩くどころかもう動けなくなりました。

 

派遣の初日で朝一、目の前がまっくらになりました。

所持金はあと1万2千円です。この仕事をやらなければ、

家賃すら払えません。

しかし、移動はケンケンでしかできませんし、とにかく

昼の休憩に上司と派遣の担当に相談して、病院へいくことにしました。

僕は自分の車があったのですが、足が動かないショックで

もうパニックでした。

お金もないし、とにかくまずは、病院に問い合わせすると

福祉の方へまずは、相談したらどうかといわれて、

恐る恐る連絡をとりました。

もうなりふり構えません。助けを乞いました。

そして…。

 

おっと、今日はここまでにしておきます。

明日も仕事なので、自分でも思い出して胸がギューっと

なりますが、続きはまた明日にでも書きます。

良かったら読んでね。

 

あしたは 右足の診察と、お金の絶望。を書きたいとおもいます。

では また明日。